東京高等裁判所 平成4年(う)456号 判決
被告人 望月滿夫
〔抄 録〕
3 次に、被告人の質問てん末書及び検面調書の任意性等を争う主張について検討する。
(一) 原審において取り調べられたいわゆる乙号証としては、被告人の質問てん末書が八通、被告人作成の上申書が一通、被告人の検面調書が一通存在する。
これらに対する原審弁護人の意見及び申立て、これに対する原審裁判所の対応についてみると、原審弁護人は、第二回公判期日において、全乙号証について一部同意、一部不同意の認否をし、第六回公判期日において、不同意部分について、任意性は争わず、信用性を争うとの意見を述べた。そこで、原審裁判所は、同公判期日に全乙号証を証拠として採用し取り調べた。その後、第二六回公判期日に至り、原審弁護人から、前記訴訟手続の法令違反の論旨(二)同旨の理由により刑訴法三二二条一項所定の供述調書ないし供述書の要件を欠き、かつ、任意性にも疑問があるとして、全乙号証について証拠排除の申立がなされたが、原審裁判所は職権を発動しなかった。
所論は、このような経過を踏まえ、原審裁判所が全乙号証を証拠排除せず、事実認定の用に供したのは、証拠能力のない証拠を事実認定の用に供した訴訟手続の法令違反に当たる旨主張する。しかし、被告人の各質問てん末書、上申書及び検面調書について証拠排除決定をしなかった原審裁判所の判断は、関係証拠に照らして是認することができる。以下、所論にかんがみ付言する。
(二) はじめに、質問てん末書及び上申書の作成状況について検討する。
被告人は、原審公判廷において、被告人の質問てん末書及び上申書について前記所論に沿う供述をし、各質問てん末書は、いずれも完全な読み聞け又は閲読を経た上で署名押印したものではない旨供述している。そして、大蔵事務官(国税犯則取締法上の「収税官吏」に当たる。以下同じ。)松原學(以下「松原」という。)及び同飯村正三(以下「飯村」という。)も、原審公判廷において、同人らの作成した被告人の質問てん末書の中にはいわゆる読み聞けが完全には行われていないものがあること、一二月二三日付のものは、当日の質問調査に先立ち、「問一〇」の辺りまでを予め記載した上で質問調査に臨んだこと、被告人作成の上申書については、予め下書を作成して持参したことなどを認めている。しかし、右の点に関しては、右両名及び大蔵事務官吉村友彦(以下「吉村」という。)の原審公判廷における各供述によれば、次のような事実が認められる。すなわち、松原らの行った質問調査は、原則として、同人が質問を発し、被告人の応答がある都度、松原がそれらを飯村に口授し、同人がそれらを調書に記載していくという逐次録取方式により作成されており、被告人は、右口授を傍らで聞いているため、調書の記載終了後に改めて完全な読み聞けや被告人の閲読がなされなくても、その内容を承知の上、署名押印したものであること、一二月二三日付質問てん末書は、飯村において予めその大半を記載した上で質問調査に臨んだとはいえ、そのほとんどは被告人の従前の質問てん末書の内容を取り纒めたものであって、飯村らが勝手に新たな事項を記載したものではないこと、そして、松原らは、その概要等を説明した上で被告人の署名押印を求めていること、このように各質問てん末書の読み聞けが不完全なものとなったのは、調書の概要を承知し、かつ、松原らを信頼していた被告人が、調書作成の都度、自ら申し出て、調書の内容を細部にわたって確認することを辞退したためであって、松原や飯村が被告人にその機会を与えなかったためではないこと、前記上申書も、松原の作成した下書に基づき、信子に記載させたものではあるが、松原は、その際には、下書の元になった注文伝票等を持参して説明しており、また、取引の回数部分については、信子に回数計算の方法を説明して同女に回数を数えて記入してもらったこと、こうして原稿ができ上がった後、そのコピーを作成し、被告人に見せながら、内容の説明をした後、被告人の署名押印を徴したことがそれぞれ認められる。
以上によれば、被告人の各質問てん末書は、その細部の信用性については慎重な検討が必要であるとしても、いずれも刑訴法三二二条一項所定の供述録取書の要件は満たしており、被告人の上申書も、同条項の供述書の要件に欠けるところはないというべきである。<中略>
論旨は、要するに、仮に、被告人による脱税の事実が認められるとしても、原判決がその「罪となるべき事実」に認定説示する静岡冷凍設備の所在地及び逋脱税額については、原判決挙示の証拠はもとより、原審で取り調べた全証拠をもってしてもまったく認定するに由ないところであるから、原判決には刑訴法三七八条四号所定の理由不備ないし理由齟齬の違法があり、到底破棄を免れない、というのである。
そこで、検討するに、原判決がその「罪となるべき事実」において、<1>静岡冷凍設備の所在地を被告人の肩書住居と「同所」と判示し、<2>また、正規の所得税額を「一億二八二七万三二〇〇円」、申告所得税額を「一四一万六八〇〇円」とした上、被告人はその「差額一億二六八三万八四〇〇円を免れた」旨認定していることは、判文上明らかである。
1 まず、静岡冷凍設備の所在地が「静岡市大岩六一五番地の三」であって被告人の肩書住居と「同所」であるとする原判決の事実摘示の誤りであることは関係証拠上明白であるが、本件は被告人個人の所得税法違反の事案であって、被告人の経営する会社の所在地は罪となるべき事実には当たらないから、その摘示の誤りが理由不備ないし理由齟齬に該当しないことは、いうまでもないところである。
2 次に、原判決の認定した正規の税額と申告税額との差額は、一億二六八五万六四〇〇円となることが計数上明らかであるから、原判決の認定した逋脱税額との間に一万八〇〇〇円の開差が生じることとなる。しかも、原判決には修正損益計算書等や脱税額計算書が添付されておらず、したがって、右開差が生じた原因が、原判決の認定した三つの金額のうちのいずれの誤認に由来するのか、あるいは、これとは別個の理由によるのか、判文自体からは窺い知る術がない。
この点について、検察官は、答弁書において、右開差が生じたのは、原判決が、逋脱の犯意を欠くため犯則所得とはされなかった申告洩れの配当所得九万円に対する源泉徴収所得税額一万八〇〇〇円を逋脱税額から控除した結果と解されるから、原判決の事実認定は正当である、と主張する。なるほど、大蔵事務官作成の告発書(検甲第一号証)及び起訴状記載の各逋脱税額が原判決認定の逋脱税額と同一であること、検察官の冒頭陳述別紙1の「配当所得」については「当期増減金額」欄に九万円が計上されている(但し、「内犯則金額」欄は空欄とされている。)が、同別紙2の脱税額計算書の「配当所得」にはこの九万円は加算されていないこと、同計算書の「税額の計算」部分の申告納税額の「差引犯則額」欄には一億二六八五万六四〇〇円の金額が記載されているけれども、同計算書上部の「犯則税額」欄には一億二六八三万八四〇〇円の金額が記載されていることから判断すれば、本件告発及び起訴が、答弁書における検察官の右主張と同旨の見解の下になされたことを推認し得ないではない。しかし、配当所得の申告洩れ分につき、一方では犯意が認められないとして実際総所得金額の当期増減金額から除外しておきながら、他方ではこれに対応する源泉徴収税額を逋脱税額から控除するというような整合性に欠ける取扱いの誤りであることは論議の余地がないから、原判決がこれと同旨の解釈をしたものとは到底解されない(仮にそのような解釈をしたものとすれば、その旨を判文中に明記しなければ判決理由を示したものとならないこともいうまでもない。)。
その他、原判文を精査しても、「罪となるべき事実」中の逋脱税額の算出根拠を明らかにすることは不可能である(ちなみに、原審記録を調査しても、大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲第二号証)の「税額の計算」部分の申告納税額の差引犯則額欄及び同計算書上部の犯則税額欄には一億二六八五万六四〇〇円の金額が記載されているのみであって、原判示「一億二六八三万八四〇〇円」の逋脱税額ないしその算出根拠を示す証拠は見当たらない。)。
してみると、原判決は、その「罪となるべき事実」の記載それ自体に矛盾撞着があり、また、これと「証拠の標目」の項に掲記の証拠との間にもくいちがいがあることとなるから、刑訴法三七八条四号所定の理由不備ないし理由齟齬があるものとして破棄を免れない。論旨は理由がある。
(半谷 濱井 林)